それが良いはずは無いのだが、現状認識をした上で新たな可能性を求めてみたい。
これらは私が主宰しているアートプロジェクトで全国の同士らと交流を得て実感したこと。
一方でこれらのツールは「すでに脚色・編集された情報」でしかないので、直接会う行為に勝ることは絶対にありません。むしろ現実に会って過ごす時間と空間の質が問われてくるかも知れません。
ますます建築の持つ身体性と関係性が期待され、訴求されてくることでしょう。
そうなると共に暮らす家族とは何か?とも改めて考えたくなる。
「自分が自分であるためには驚くほど多くのものを必要とする」
(攻殻機動隊GOHST IN THE SHELLでの主人公のセリフ)
という声は、社会と自然とのつながりが薄れるにしたがって、相対的自己肯定が高まっている現れでしょうか…。
EMOTION the Best GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [DVD]
しかしどんな建築物でも、愚直にそこにあり続ける。うつろいゆく世相や情勢に比べて長い時間向きあう人と場の関係を結び続け、あるいは位置づける。(社会でこれが行き過ぎると環境管理型権力社会・アーキテクチャ化、なんてことにもなるらしい。)
可能性を含みつつも、そんな絶対的な特性があるという基本を忘れてはなるまい、と自戒しておきたいこのインタラクティブな今日この頃です。
0 件のコメント:
コメントを投稿